2025.08.22ブログ
成果を出す人が、「完璧」を目指していない理由 ~デキる人ほどハマりやすい「完璧主義」という落とし穴~
数あるブログの中から、私のブログへの訪問、有難うございます。
地元函館や北海道はもちろん、
「お金に困まらない経営をしたいあなたに届け」
その想いで、一生懸命書き続けます。
完璧じゃなくていい。今できる最善を尽くそう
「積み上げてきた学びと経験は、もう十分にある」
なのに、いざという時に動けない自分がいる。
「もっと準備してから…」 「もう少し勉強してから…」
そんな声が頭の中でループして、自分に静かにブレーキをかけ、
結局何も行動できずに一日が終わる。 あなたにも、そんな経験はありませんか?
「ちゃんとしなきゃ」の呪縛
「間違えたくない」「失敗は避けたい」「プロとして完璧なものを見せたい」「これじゃ、恥ずかしい」
立場が上がるほど、「自分の見え方」が気になります。
誠実だからこそ「中途半端はイヤだ」と思い、
その結果、「動かない」を選んでしまう人は少なくありません。
「今は、そのタイミングじゃない」「お金や時間ができたらやってみよう」
様々な理由をつけて、自分を納得させたかのように装ってしまう。
そんな気持ちは、とても自然だと思います。
かつての私は勿論、恥ずかしながら、今の私に至ってもまだ、そういう気持ちが湧いてきます。
心が軽くなるお守り。「最善主義」という考え方
そんなとき、心がふっと軽くなる「最善主義」という考え方があります。
それは、「完璧じゃなくていい。 いまの自分にできることを、できるかぎり丁寧にやる」
という、とてもシンプルな考え方。
たとえ今の自分にできることが60点だったとしても、その「60点」に心を込めて行動する。
完璧な100点を目指して立ち止まってしまうより、今のベストを尽くして一歩踏み出す。
その一歩が、誰かの役に立ったり、「ありがとう」という言葉につながったりする。
そうやって、未来の自分への信頼が少しずつ育っていくんです。
コラム
「『下書き』だらけだった私が、たった一言で走り出せた日」
以前の私は、こうやってブログ記事をアップするまでに
1記事に何週間もかけて書いていました。
「書いては見直し、見直しては書き直し」この繰り返し。
いつしか、ホルダーには「下書き」として保存されている文章ばかりが。
『もっと良い表現があるはず』と悩み、結局公開できずにいたのです。
でもある時、『完璧じゃなくても、誰か一人の役に立てばいい』と思い「えいやっ」と公開してみたら、
『この記事わかりやすかったです』というたった一言のコメントが届きました。
あの時の感動が、今の私のブログ作成を支えています。
「最善」で動くから、未来が変わる
もし「完璧じゃなくてもいいや」と思えたら、あなたは、どんな行動ができそうでしょうか。
たとえば、こんな小さな一歩が踏み出せるかもしれません。
- SNSで、自分の考えをひとこと発信してみる
- 温めていた企画を、まずは信頼できる友人に話してみる
- 「こんなことで困っていませんか?」と、そっと声をかけてみる
結果がどうなるかは、やってみないとわかりません。
でも、「今の私にできるベストは尽くせた」と思える行動は、
確実に次のチャンスを連れてきてくれます。
私の周りの成果を重ねている人たちは口をそろえて言います。
「まずやってみた」「数を打った」「動きながら調整した」と。
動いたからこそ見える景色があり、最善を尽くしたからこそ得られる手応えがあるのです。
「できる、できる、俺ならできる」
これは単なる精神論じゃありません。
今まで積み上げてきたものを信じ、そっと背中を押してくれる
おまじないのような言葉「ペップトーク」です。
あなたにも必ずあるはずです。 学んできたこと、努力してきたこと、大切にしてきたことが。
「完璧主義」から「最善主義」への転換。
今日から、そうやって進んでいけたら、
その先に、思ってもみなかった景色が広がっているかもしれません。
あなたの『今日の最善の一歩』は何ですか?
まずは、その小さな一歩を大切に踏み出してみませんか?
行動した結果には「失敗」は存在しません。
「成功」か「学び」のどちらかしかないのですから。
肩の力を抜いて「リラ~ックス」
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